すごくつらい出来事があったときに、
なんで私だけ(泣)
って、なってしまいがちです。
私も、ずっとそちら組でした。
でも、先日グループで話していた時にトラウマの話になり
「父が・・、母が・・」
って、いう人が多いんです。
両親じゃなくても、誰だってつらい経験を持っている。
それがわかっているようで、
「でも、私はすごくつらい思いをした」って言いたい、思いたい。
でも今回は、冷静に考えてみることができたんです。
そうすると、誰にでもそのような経験があるのなら、
そこから抜け出すことができたら、ちょっと楽になるんじゃないの?
実際、抜け出したり、それを糧に頑張った人が世の中で脚光を浴びてる人じゃない?
と、違う考え方ができたんです。
脚光を浴びる浴びないは別にして、
その苦しさから抜け出して自分らしさがたくさん出てくれば
それでハッピーになれるんじゃないって。
確かに、私はそのいくつかを抜け出しています。
つらかった経験、体験は一つじゃないですから。
そう、実際楽になった。
ただ、手持ち無沙汰感があって、なんだろうと思っていたんです。
頭でわかっているけれど、腑に落ちないと納得感が無いから。
もしかしたら、これが人生ゲームっていうものかなって。
人生がすべてハッピーで楽しければ、味わうことができない。
つらい出来事、悲しい出来事があって、喜びも倍増する。
人によって感じ方はそれぞれだから、
それにしてもつらい、きついと思うこともあります。
「人生はいつも公平ではないが、それでもそれは贈り物だ!」
そう思えれれば、最高のギフトかもしれません。

